『黄昏世界の絶対逃走』 ガガガ文庫から出る逃避行ライトノベルは面白い説 その2

連載です.全4回予定.

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逃避行ライトノベルは良い.
日常と非日常の境界線をなぞるように進展する危機.
ヒロインと主人公の軋轢.
軋轢から浮き彫りになる二人の想い.
二人の想いから生まれる,新たなトラブル.
そして新たなトラブルから生じる,更なる……危機!


黄昏世界の絶対逃走 (ガガガ文庫)

黄昏世界の絶対逃走 (ガガガ文庫)

あらすじ:『――黄昏予報の時間です。本日午後の黄昏濃度は約80パーセント、非常に濃くなる見通しです。発作的な自殺には注意しましょう』
全天を覆う茜色の空。《黄昏》はヒトの弱い心に入り込み、支配し、死に至らしめる病の元凶。
世界は生きる気力を失った人々で溢れていた。その《黄昏》を浄化し、青い空を生み出す少女《黄昏の君》(メアリ)。
フリーエージェントのカラスは、その奪取を請け負い、二人で短い旅を続けることになる。
《黄昏》に冒された人々との出会いと別れを繰り返しながら……。

まず世界観から二つの対比が解る.
「憂鬱が支配する黄昏が覆う荒廃した世界」
「幸せの蔓延した青い空が広がる大都市」
『黄昏』とはこの小説特有の病で,感染すると無気力になり末期になると自殺してしまう.その病に対抗するため,先天的・あるいは後天的に黄昏に対する耐性がある少女に周囲全ての黄昏を背負わせ,大都市運営を行うことがヒロインであるメアリの境遇.

そこに汚れ仕事もなんでもござれのフリーエージェントの主人公カラスは,とある事情により黄昏の君メアリを攫ってくる依頼を受ける.依頼のさなか,ふとしたきっかけで厳しい逃避行するはめに……というのが今回の”逃避劇”.

逃避劇は失敗する.

それはフィクションエンターテイメントの宿命とも言えるだろう.
追手も馬鹿ではないので,確実に彼らを追い詰める.その追い詰める道程で,以下にドラマを作るのかというのが逃避行モノのエッセンスだ.その点,作者が作ったこの世界は『黄昏』という名の絶望に支配され,この世界に生きるキャラクターたちは常に”諦め”に蝕まれ,”無気力”に縛られ,”終焉”をどこか望んでいるような背景がかなり独特な”背景”となっている.
主人公も最初はこういった価値観によって思考を犯されている.しかし,自分の境遇とヒロインの境遇を付きあわせた時,彼の中でパラダイムシフトが起きたことは想像に難くない.
二人の逃避の先々で,絶望に支配された世界,まさに”陽が沈む黄昏”の世界を目に焼付け,生きる気力を失った人々と出会い,そして別れていく.
と同時に,主人公の精神の有り様も蝕まれていくのだ.
カラスの過去が出てくるエピソードがある.私が一番好きなエピソードだ.彼はどんどん死に引かれていく.唯一の安息を求めだしてしまうのだ.
しかしメアリは違う.彼女は絶望に最も近い場所にいながら,絶望に最も対抗できる存在として畫かれているのだ.
彼女は主人公をただじっと見守り,彼の望みに逆らわず,ただじっと”変わらず”あり続けるのだ.

この物語は,決して離れてはならない(もちろん理由は色々あるが)逃避行を行った二人が,幾つもの別れ,悲しみを経て,静かに価値観を固めるさまを悲しみでもなく,哀れでもなく,淡々と,”寂しく”画いている.

やがてそんな二人はある自覚をし,自分たちが磁石のように強くお互いを求めていることに気付いてしまう.

絶望に,寂しさに,『黄昏』にそまった二人の逃避行の”終わりと始まり”を(この順番だ.まさしくこの順番なのだ.)を読めた先に,一体何が待ち受けているのか.
物語は後半に行くにつれ,それまでの諦観や停滞が一気に加速するような感覚を経る.
それは初恋に染まった少年少女の心のようで,畫かれた全ての絶望へと番を穿つものだ.痛快だ.

ヒロインの一言.一言は少年にどんな影響を与え,どのような価値観を壊し,創造させたのか.
黄昏に染まった,太陽の陽を失い暗闇に落ちた世界の果てにあるものとは?


逃避行モノは良い.
逃避の先の,別れですら,ドラマになるのだから.
彼らが逃げたのは,絶望した心の安定か,死への諦観か,はたまたやがて来る再生の道しるべのためなのか.
読了後の夜明け前の透明な肌寒い空気のような余韻に,少しの間だけ浸ってみてほしい.